《給料日の危険》

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今日は給料日。

僕は給料日には床屋に行きたくなる。

銀行でお金を下ろして、床屋へ行き髪を切りスッキリした気持ちでパチ屋に直行してしまったことが何度もある。

給料日は危険だ。

なぜだかわからないが、髪を切ったあとにパチンコに行って勝ったことがほとんどない。

気分はスッキリしているのに全く勝てない。髪の毛と一緒に運も落としているのかもしれない。

とにかく、給料日→床屋→パチ屋の流れは非常に危険だ。

お金が財布にいっぱい入っていると、ソワソワしてきて思わずパチンコ屋に足を運んでしまうということは中毒者にはよくあることだろう。

なぜだろう?

財布がお金で満たされているなら、その満足感を存分に味わいホクホクした気持ちでいればいいのに、わざわざ浪費に走って散財してしまう。愚かだ。

きっと僕は、お金のことを気にし過ぎている。お金に囚われ過ぎている。お金に執着し過ぎている。

お金はすごく大事なものだが、あくまで道具だ。便利な道具にすぎない。

あたりまえだが、お金よりも大事なものはたくさんある。

例えば、あなたの人生の10年間を1億円で売ってくれと言われたらあなたは売るだろうか?

あなたの右手の親指を1億円で売ってくれと言われたらあなたは売るか?

僕は売らない。1億円はめちゃくちゃ魅力的だが絶対に売らない。

それは、人生の時間や自分の肉体の方がお金よりも大事だからだ。

そんなことはわかっているはずなのに、日常の些細なことになると、体の快適さよりもお金の効率を優先してしまう。時間効率よりもコスパを重視してしまう。

つまり錯覚を起こしている。正常な視力と視野を失っている。

圧倒的な情報量で展開される日常生活に翻弄されて、まともな判断ができなくなっている。
日々の判断を反射的におこなっていて、そこに意識がない。

だから、給料日にパチ屋に直行してしまうような異常事態が起こるのだ。

まずは、正常な視野と視力を取り戻したい。

自分の人生を一歩引いた視点から冷静に客観的に眺めてみる。高い視点のもう一人の自分を常に意識する。

スピード感が求められる生活に流されながらも、そこに没入せずに落ち着いた部分を残しておく。

そうすればスリップはなくなるし、もっと気持ちいい選択がいつもできるようになるはずだ。

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